私は成人してから募金をやった記憶がありませんでした。意図的に募金行為を避けてきたのです。
今振り返れば恥ずかしい話なのですが、「少々のお金を募金するなんて中途半端、やるなら徹底的にやったほうが良い」と考えていました。
マンガキャラクターの話となってしまいますが、「賭博黙示録カイジ」にて主人公の宿敵「兵藤会長」が「人を救いたければ金をすぐさま送るべし」という極論を展開しておりそれに感銘を受けていた事もあります。
ここ最近心境の変化がありました。2019年9月までは募金なんて行ったことがなかった私が2019年10月には様々な募金に進んで参加している…そんな1ヶ月でなぜ心境が変わったのか?募金をすることが一体自分にとってどのように良くなるのか…。
この記事は以前の私と同じような「募金なんてやったことねーぜ!!」と思っている方にぜひ読んでいただきたく思います。
Contents
募金は自分の為になる!?私達は助け合って楽しく暮らせている
募金を行った後に感じる「良い事をした」という気持ちは、間違いなく私達の心を豊かにしてくれると思いました。募金を通じて「私の行動が誰かしらの為になっている」と考えるだけで、心が暖かくなります。
私達が楽しく暮らせているのは間違いなく人々の活力です。ものを食べられるのも、安全な寝床も、暇つぶしになる娯楽も…すべて私以外の人々のおかげで成り立っています。
だからといって自分だけが人々から提供されているなんてことはありません。自分自身もまた誰かの人の役に立っているのです。あなたの仕事が誰かの役に立っています。あなたの言葉で誰かの役に立っています。あなたの行動が誰かの役に立っています。ともすると、あなたの募金で誰かの役に立っていると考えても不思議ではありませんね。
情けは人の為ならず…の言葉通り、人の為を思った行動がいずれ自分の為に繋がってくるのです。
募金は偽善か?
募金を行った事がない人でも、もし募金を行ったら「良いことをした」という気持ちになるのは、なんとなく想像できると思います。この「良いことをした」という気持ちがネジ曲がると「偽善者」という負のワードに繋がり、募金をしたことがない人が募金に対してどこか引っかかるのはこの部分(募金=偽善者)では無いでしょうか。
実際私も先程の兵藤会長のように「人々を救いたいと思うなら、私財を投げ売ってでもピシピシ金を送るべし」という発想で、少額の募金で「良い気持ち」を買う…ような偽善的な行為だと考えていたものです。
確かにコンビニのお釣り1円で何ができるのか…?と考えれば何もできないかもしれません。しかしコンビニの募金箱に注目してみると新しいことに気が付きます。
それはコンビニの募金箱に結構お金が入っているということです。1円玉ばかりかもしれませんが、集めれば100円ぐらいにはなるでしょう。100円もあれば誰か1人のお昼ごはんになると思いませんか?その1人がお昼ごはんを食べて「よし明日も頑張るぞ!」という気持ちになってくれたら…。
そう考えるとあなたの1円は間違いなく誰かの役に立っているのです。間違って排水口に落ちてしまった1円では誰かの役には立ちません。
偽善か偽善じゃないか…そんな事を考えているうちではとても人の役に立つことなんてできません。
募金を思う事で見えてくること|赤い羽根共同募金×初音ミクコラボ
先日町内のフェスタにて「赤い羽根共同募金×ピアプロコラボ企画2019」を見つけました。ボーカロイドという人間のように歌ってくれる機械のイメージキャラクター「初音ミク」を筆頭にしたキャラクターとのコラボ企画です。

募金を行うとクリアファイルやピンバッジが手に入るようになっており、ボカロを楽しむ人々に募金を知ってもらおうとする内容のものでした。
「へぇ…こんな事やっているんだ…」というのが私の率直な感想でした。募金に興味がなかった頃のわたしなら「また初音ミク系の商品が売っているな」ぐらいにしか思わなかったでしょう。
商品で釣ろうとしているわけではない、助け合いの気持ちを芽生えさせるのが目的
600円募金するとピンバッジがもらえる…といったコラボ内容でした。募金に興味がなかった以前の私なら「結局物で釣って募金させているだけじゃねーか」と思っていたことでしょう。

しかし今の考え方は違います。たとえキッカケがなにであろうが、「募金という人の役に立つ行動をとって貰えればそれだけで人々は助け合える」という目的があって今回のコラボを実施したのでは無いかと思います。
もしかすると募金の内、ピンバッジなどの材料費として何%か計上されているかもしれない、コラボの広報費として計上されているかもしれない…としても、それでも間違いなく私の募金は、誰かの役に立っている…。そう思うと「好きなキャラクターの商品をもらって、かつ人の役に立てるなんて…なんて素晴らしいことだ!」という暖かい気持ちになるのです。
最後に|そもそもなぜ募金を始めようと思ったか
私が募金を行おうと思ったキッカケは「夢をかなえるゾウ」という本を読んでからです。
この本は「何か自分を変えたい!成功したい!!」と思っている主人公をガネーシャというインドの神様が様々なアドバイスをして主人公を大成に導いていくストーリーです。小説のように話は進んでいきますが中身は自己啓発本です。

ガネーシャは主人公に様々なアドバイスを与えます。「人の長所を盗む」「身近にいる一番大事な人を喜ばせる」「夢を楽しく想像する」など、比較的すぐに実行できるような内容です。その中に「コンビニでお釣りを募金する」という内容がありました。私はこのアドバイスを受けて募金をしようと思ったのです。
「世の中の人を喜ばせたいという気持ちを素直に大きくしていくことが大事やねん。そやから寄付すんねん。自分はとにかく人を喜ばせたいし、助けたい。そういう人間になることや」
夢をかなえるゾウ より引用
私が記事文頭で言った「募金は自分の為になる」とは、このガネーシャの言葉を受けて思ったことなのです。
自己流のやり方で変えられなかったわけだから、人のやり方を真似るしかない
本書では「自分流で生きてきて変われなかったなら、もう他のやり方を真似て変わっていくしか無い」ような事が書いてあり私はこれに感銘を受けました。
確かに言う通りで、「自分はいつか変わる!大成が為せる!」と思って変わらなかったならばもうやり方が悪かったとしか言いようがありません。他のやり方に挑戦して調整していくしか無いのです。
なので募金を行ったキッカケというのは「たまたま」です。「夢をかなえるゾウ」を読まなければ募金について考える事はなかったし、自分のやり方が間違っていたかも?と思わなければ募金をしようというアドバイスに振り向きもしませんでした。
しかしこんな些細なキッカケのおかげで、そして人のやり方をどん欲に真似しようと思った結果1つ勉強になったのです。
さぁあなたも募金をしよう!
頑なに募金を拒否してきた私が180°考え方が変わるほど魅力のある募金活動。それは「人の役に立つ」という人間が持つ気持ちのパワーが溢れている証明でもあります。良いことを行ったという気持ちは、自分を高めてくれるのだと実感しました。
募金にアンテナをはると、それは様々な募金活動が行われています。
最も簡単なものがコンビニの募金ですが、最近ですと携帯電話の支払料金から募金を行うことも可能です。スマホをちょこっと操作するだけで簡単に募金ができちゃうのに驚きました。(ドラえもん募金は本当にすぐに募金できた!)
なんでもいいのです。コンビニで1円だけでもOK。小さな金額だなぁと思っても確実にあなたの気持ちは他の人に届いているのです。
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