【世界初】スタプリ遼じいのオリジナルSS・小説「Restart 斬!!」【シリーズ3作目】

広告

本作はRestartシリーズの三部作目となります。

一部作目「Restart」はこちらから↓

【世界初!!】「遼じい」が主人公のスタプリ同人小説・SS|Restart

2019年11月19日

二部作目「Restart Zero」はこちらから↓

【世界初】スタプリ遼じいのオリジナルSS・小説「Restart Zero」

2019年12月30日

「ああ…この世ん中はもうオシマイダ…」

御触れをみた村民は悲痛の声を上げ落胆した。

将軍に収める年貢の増加を知らせる立て看板は当然微動だにせず、その様子は「下民のことなど知らぬ」とも言わんばかりの冷徹さを醸し出していた。

「将軍様は…将軍様はオラたちの働きの事を全く知っちゃくんねぇ。だからこんな無慈悲な事が簡単に出来てしまうんだ」

農作業の疲れと合わせて出るため息は、悲しみに溢れていた。

2

「はっ!せい!りゃあ!!」

響き渡る木と木の乾いた音。俺たちは幼き頃よく遊んだ神社の境内で剣の稽古をしていた。

「はぁ…はぁ…、やっぱ遼ちゃんの木刀は受けきるだけで精一杯だよ。実践なら間違いなく即死だね」

「いやなに、春ちゃんの薙刀だってどこから振ってくるか分かったもんじゃない。戦場の距離は刻一刻と変わるから、距離を取られた戦いに持ち込まれたら手も足も出ないよ」

「”刀疵(かたなきず)の遼”に褒められるとは光栄なことだね」

「茶化すなよ」

「戦場で決して後ろを見せない、敵の攻撃はすべて前から受け切る、だから体の表面にしか疵が出来ない…そんな名誉から生まれた通り名じゃないか。そんな遼ちゃんの知り合いで私も鼻が高いよ」

「いや…俺は運が良かっただけだよ」

3

捨て身の攻撃が功を奏することもある。俺はその典型的な例だった。

死ぬことは怖く無い…いや、むしろ心のどこかで死を渇望していたのかもしれない。俺が敵の攻撃に対してがむしゃらに攻め入ることが出来たのは、Restartができるからだった。

いざとなればRestartすれば良い。俺にとってRestartは死よりも恐ろしく、死よりも救いだったのだ。

7回目の世界は、俺がRestartを会得できるようになった世界に雰囲気が似ていた。国と国通しが争い領地を拡大し国を豊かにしていく様子がそっくりだった。

俺がRestartを会得できるきっかけとなった世界は俺が住むディティーモという国と敵国バラミスの2国での争いだったが、この世界の戦いは幾つもの国同士が争っていた。ときには2つの国が共闘体制となり一方の国を制圧する…という大掛かりな作戦を用いることもある。そしてこの作戦の誠奥ゆかしいところは共闘体制を敷いていた国同士が戦いに発展することもある…ということだった。単純な力のぶつかり合いだけでは無く、知略も勝敗を左右する重要素だった。

そして最も特筆すべき事柄としてはこの世界に置ける戦士達のイズムだろう。この戦士達のイズムを武士道といった。

4

武士道とは死ぬこととみつけたり

武士道を表すにふさわしい言葉がこれだ。戦士は自らが生きる為…栄光を掴む為…世界を導く為…に戦う。しかし武士道は仕える者のために死すことを美徳とするらしい。

俺の立場から言えば、空見家城主「空見良之守曜平(そらみりょうのかみようへい)」の為にこの身を捧げ、手となり足となり働く事がこの世界に置ける”武士道を貫く”という事になるのだろう。

正直今でもこの感覚が分からない。なぜ人の為に戦うのか?いや、確かに戦いの末の勝利が人の為になることはあるが、それにしても自分の命を懸けてまでして行う精神は異様に感じられた。

しかしよく考えれば、俺がそう思うのは仕方のないことなのだろう。俺はRestartに逃げている。そしてRestartに救いを求めている。武士道を理解する以前の問題だ。

5

幼馴染の春彦が祝言をあげると聞いたのは、剣の稽古が終わったその夜のことだった。

祝言の相手は同盟国武将の娘「陽子(ようこ)」だった。

この世界は政治的な理由で結婚させる。春彦と陽子の結婚も、空見家との同盟をより強固なものにする為のものであった。

「俺は陽子のことは幼い頃からよく知ってる。だから祝言をあげることになんの抵抗もない。むしろ惚れた女と一緒になれることを嬉しく思う。だけど…」

春彦はそのさきの言葉を詰まらせた。祝言と言えば体はいいが、実際のところは政略結婚。陽子の立場は人質に近い。城内の仲間たちは心から祝福できないだろう。そしてそれは陽子にとっても辛いだろう。

「うむ…。確かに俺たちは先代の頃から同盟国だったから陽子の事をよく知っている。しかし…ここまで同盟が長くなってしまうとは思いもよらなかった。ことがうまく行っていれば、お館様が陽子の住む同盟国を統治するものだと思っていた。」

戦いというのは長期化すると決着が難しくなる。もともと同盟を組んだきっかけは、共通の敵を先に占領し脅威をなくすことだった。その後空見家が同盟国を統治していく話で同盟を結んだのだが…思いもよらず敵国はしぶとく、なかなか落とすことができなかったのだ。

長期化にしびれを切らした同盟国は、空見家に統治されることに難色を示し始めた。戦闘の長期化は民も兵も疲れさせる。なかなか決着をつけてくれない空見家に対して不信感を抱き始めたのだ。

もしかして、支配するつもりで同盟を組んでいるのでは無いか…と。

このような背景から、春彦と陽子姫の祝言は決定された。同盟国からしてみれば、そのまま同盟が継続されれば良し、万が一裏切ったとなれば、「空見家は裏切ると知っていながらなぜ祝言を上げたのか?」と世間からの笑いものにされる。空見家を攻撃する大義を得られるのだ。同盟国にとって、どちらに転んでも自分たちの利益になる…と思っていた。

当然、空見家領主、空見曜平もこの政略結婚の狙いを分かっていた。その上でこの祝言を受けたのだった。

6

領主の使いで同盟国から戻る途中の出来事だった。

「きゃー!」

女の悲鳴が聞こえた。この世界ではこれが日常茶飯事だ。強い愚か者が弱き者に暴力を振るう。こんな腐った事案がまかり通る時代は、今まで俺が見てきた中でも最低の世界だった。

「オイオイ、そのへんにしておけ」

そんな腐った世界を正すように、俺はいつものように愚か者を成敗する為に声をかけた。粗方結末は予想できている。このように声を書けると殆どの確率で突っかかってくる。「なんだてめぇは」と

「なんだてめぇは!すっこんでろ!」

まぁ概ねあっていただろう。そしてすかさず暴力を振るってくる。その瞬間に俺の成敗が完了するのだが…

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

いきなり愚か者がその場で崩れ落ちた。よく見ると愚か者の肩に矢が刺さっている。俺の後ろから射られたと思うが、肩に命中させるには俺の体を避けて射なければならない。それは針の穴ほどの隙間を縫わなければならないほどの芸当だった

「ったくよ!こんなかわいい女の子が嫌がっているのに…無粋だねぇ」

俺が後ろを振り返ると、右目に眼帯をかけた男が弓を握っていた。大雑把に生えた髪の毛は、これまた大雑把に後ろで結び、ボロ一枚で肩を出しているその様は、そこに転がっている愚か者よりみすぼらしかった。

「よお、あんたの獲物奪っちまって悪いな!あんたから滲み出る強さをみせつけられちゃ、ちょっと試したくもなっちまうだろ?」

「…、もう大丈夫だ。さ、気をつけて帰りなよ。」

「ありがとうございます!」

俺は襲われていた女を見送ると、視線をみすぼらしいそいつに向けた

「弓に相当な自信があるようだな。よもや浪人…というわけでも無かろう」

「イーネイーネ!そういう隙のない感じ。全く強そうだよ!俺は桜芽家(おうがけ)に仕える香久矢貴宗(かぐやたかむね)ってんだ。おめぇさんもどっかに仕えてんのか?」

桜芽家…その名前を聞いた瞬間戦慄が走った。空見家と同盟国を組んでいる国だったからだ。

7

「俺の名は遼という。空見家に仕えている。」

「おほー!!空見家で遼っていうことは…、あんた刀疵の遼…か?スゲェ!こりゃすげーよ!!いっぺんあってみてぇと思ってたんだ!」

「そんなことはどうでも良い。桜芽家の人間がこんなところで俺みたいなのに関わってたら問題だろ。早く行ったらどうだ」

「かー!そんな事言うなって。同盟中だからとか国の内情とかそんなんには一切興味がねぇんだ。俺に興味があるのは強いやつと戦いたい!ただそれだけだ!」

まさか、香久矢の人間でこんなに無茶苦茶なやつがいるとは夢にも思わなかった。香久矢家は代々、時の権力者や姫君をもののけから守る為に生まれた家だ。俺も香久矢の人間を数名見てきたことがあるが、その全員が香久矢家の使命を表すかのような立派な佇まいだった。貴宗のような野蛮な雰囲気はこれっぽっちも持ち合わせていなかった。

しかし、俺はこいつの事が好きになった。なんというか…、すでに青年ではあるが、ケインのような少年の明るさがこいつにはあったからだ。

「まぁよ、おめぇが空見家の人間ってことならよ、もうすぐ会うことになると思うから、またそんときに酒でも飲もうや」

そういうと貴宗は去っていった。

何という蒼天のような男だ。貴宗のような男がいる国なら、この不穏な同名の雰囲気も良くなるに違いない。俺は形容しがたい喜びを胸に城に戻った。

8

数日後「もうすぐ会うことになる」といっていた貴宗の言葉の意味が分かった。

陽子姫の祝言をあげる日に、姫の護衛として貴宗が空見城に来るらしい。香久矢家はこういう重要人物の護衛を行うことを生業にしていた家だ。今回のことを見抜けなくて少し悔しく思った。

「いよいよこの日が来たな、春ちゃん」

「ああ、結局色々あったけど、この日を迎えられて本当に嬉しい。遼ちゃん、ありがとう」

「なぁに、惚れたもの同士の結婚だ。きっとうまくいくに違いない」

それと、貴宗のような男が桜芽家にいれば問題ないだろう…と思った。始めはその出で立ちに面食らったが、今回のような重要な任務を任されているということはそれなりの権力・発言力があってのことだろう。仮に武将が腐っていたとしても家臣が腐っていなければ立て直すことができる。

「ご注進!ご注進でござる!!」

城内に響き渡る家臣の声。その大きさで問題の大小を感じ取る事ができるが、今回は少し様子がおかしい

「桜芽家の姫君、敵国の奇襲を喰らい停滞してしまっている模様!援軍の要請が出ております!!」

「なにぃぃぃぃ!?」

まさか敵国がそこまで鬼畜な所業を仕掛けてくるとは想像にしなかった。我らの同盟関係を決裂させ戦況を転じようとしたとしても、今回の所業は卑劣を極めていた。

「俺がすぐに行く!具足を持て!!」

「りょ、遼ちゃん、俺も…!」

「春ちゃんは今日の祝言のことだけ考えてりゃ良いんだ!!なぁに、心配ない、すぐに取り戻して祝言を始められるようにするよ!準備じゃ!戦の準備じゃぁぁ~~!!」

陽子姫を守るため、春彦との祝言を成功させるため、そして、くだらないことで貴宗を危険に晒したくない様々な思いを胸に、俺は戦場へ向かった。

9

「まさかおめぇが援軍に来てくれるとは思いもしなかったぜ」

貴宗は酒をつぎながら俺の顔を見てニカッっと笑った

「しっかし、敵にも同情するよな…。なんたって刀疵の遼が出てくるとは思わなかったんじゃねぇか?」

「ふふふ、何を言う。お前の弓があったからこそ、深めに前線を持つことができたんだよ。お前が狙った弓は必中だからな。その敵に気をつけて戦えば攻撃を食らうことなんて無いよ」

「刀疵の遼に褒めてもらえること、光栄この上なしだな」

陽子姫と貴宗を救うために向かってみたものの、すでに戦局は貴宗が有利だった。奇襲したはずの敵国軍勢があっという間に貴宗の弓の餌食になっていったのだ。俺が駆けつけたときには、すでに敵国は戦意喪失しており、俺はその弱った隙を着いて「横取り失礼」をしただけだった。

「ところで遼よ、今回の奇襲についてどう思う?」

まあ完全に敵国が俺たちの同盟関係を壊そうとした行動だろうな」

「まぁ、そうだろうな。今回無事に祝言を上げられたわけだけど…お館様はどう思うかわからねぇ。というかお館様の性格からすると、今回の事件…大きな不安を抱えてしまったかもしれねぇな。」

「いや、しかし今回の奇襲は明らかに…!」

「おめぇのところの差し金…って考えるかもしれねぇってことだ」

「ばかな!お館様に限ってそんな…!!」

「そりゃそうだ。俺だってそんなことはありえねぇと思っている。しかしこんな世の中だ。誰が誰を裏切るか分からねぇ。同盟だって名ばかりで実際は寝首をかいてのし上がるような国だってある。でもまぁ、今回の祝言がうまく言ったことは事実だ。俺はこの事実が大事だと思っているよ」

貴宗は酒瓶を見つめながらそう言った。

「そうだな。陽子姫と春彦が祝言を上げたことで空見家と桜芽家が強い絆で結ばれると良いもんだな。ところで貴宗、お前最初に俺と出会った時、なんであんな格好していたんだ?」

俺は貴宗がどうしてあんなみすぼらしい格好でいたのか気になった。今、目の前にいる貴宗は立派な侍の格好をしている。

「この世界…どうも俺が生きる世界と違うんじゃないかな…って思っててな…」

貴宗の答えに俺は胸の高鳴りを感じた。

俺はRestartでこの世界に来た。俺のもともとの世界はエスターニアやケインがいるあの世界だ。だからこの世界が生きづらくて当然だった。刀疵の遼と呼ばれているのも、ただただ運よく生き延びられただけの結果に過ぎない。主従の概念はディティーモにもあったから空見家との関係もそつなくできているだけで、俺は未だに武士道というものが理解できていない。

もしかすると、貴宗もRestartができるのではないか?そんな期待を抱いてしまったのだ。

「俺は香久矢の血を引くものだ。重要人物をしっかりと守らなければならない宿命がある。その宿命に対してもう迷いはない。しかしいつまでのこの宿命が続くのだろうかという不安があるんだ。重要人物を護衛するということは、争いが絶えないということだ。もしかすると…俺たち香久矢がいることで争いが続いているんじゃないか…という気にさえ思ってくるんだ。」

あれだけ明るさを振りまいていた貴宗とは思えない、弱気な発言だった。しかし、貴宗の気持ちは痛いほど分かった。俺も6回Restartしてきた。毎回世界の存続を願っていても、結局どこかでRestartしてしまう。もしかすると俺が世界をRestartさせる程の脅威をもたらしているのではないか…?と考えたこともある。香久矢家の血もまたRestartに近い宿命を背負っているように見えた。

そして俺は、そんな貴宗と一緒なら、この世界を乗り越えられるのではないかと考えたのだ。ケインを救えなかったあのときの悔しさを乗り越えられるかもしれない。そのためには…

「貴宗…俺の話を聞いてくれ」

10

俺は貴宗にRestartの話をした。この世界が7回目の世界だということ。俺がRestartをできるきっかけとなったディティーモの話、そして貴宗と同じような悩みを抱えているということも。

貴宗は途中、驚いた顔をしたり、ゆっくりとうなずいたり、涙を浮かべたり…いろんな顔をしたが最後までしっかりと聞いてくれた。

「最初は信じられない話だと聞いていたが…、そんな作り話が次々に出てくるとも思えねぇ。最後に確認してぇんだが…、その世界ってのは異国の話ってことはねぇのか?ほら、この世界は海だらけだろ?その海から異国の人間が渡ってくるって話を聞いたことがある。遼はその国の人間だ…ってぇ話は…………なさそうだよな」

貴宗は俺の表情を見て自らの疑問を否定した。俺の話を貴宗は必死に理解しようとしてくれた。それで十分だった。今までどれだけ俺のRestartの話を人にしてこようと思ったことか…でもどうせ信じてもらえないと思い踏みとどまった。初めて話したのが貴宗で良かったと思った。

「じゃあよ、今すぐにそのRestartってのをできたりするのか?真っ白になってよ、そうなると…俺はどうなるんだよ?」

「そう、すぐにRestartすることはできる。でも俺がRestartするのはこれ以上絶望が広がらないようにする時だけと決めているんだ。あと、Restartした時貴宗がどうなるかは…本当によくわからんのだ。」

「なるほどな…。便利なのか不便なのかわからねぇ秘術だなRestartってのも

「記憶はあるんだ。ケインやエスターニアの記憶は鮮明に残っている。だから貴宗の記憶も残ると思う。で、これは最近分かったことなんだが、RestartにはRestartを引き起こす重要人物がいるような気がしているんだ。」

「それは大事な情報じゃねぇか!その人物が現れない限りRestartはできないってことだろ?

「いや、正確にはRestartギリギリまで追い詰める重要人物…という意味合いだな。だからその重要人物が出てこない限りRestartをするほどの脅威は無いと考えてもいい…と思っている。あくまでも…推測だが。」

「で、その重要人物ってのは現れたのかよ?」

「一人はもう知っている。春彦だ。」

「オイオイ、春彦が驚異を引き起こす重要人物っていうのか?」

「いや、重要人物の一人は友人になるんだ。今まで”はる”という名前のつく人物が俺の友人になっている。だから”はる”に出会うまでRestartを起こすような脅威は起こらないだろう。」

「っていっても、出会っちまってるじゃねぇか。で、他の重要人物は?」

「それが…こいつだ…と言えないんだが…というか、当然といえば当然なんだが…それこそ脅威を与えるような人物が現れなければRestartするほどまで追い詰められない」

この人物に関してはは本当に頭を悩ませていた。今までの世界での体験になるのだが、例えばJG.クライのような脅威を与える巨悪が現れたと思っても問題が収まる場合もある。Restartするほどの脅威を予め予測することができれば対処ができるかもしれないが…そこを予知する能力は持っていないのだ。

「なんだよ…そりゃそうだけど…。じゃあ例えばなんだ、この国盗りを手中に収めようとしている今の大将軍あたりが、Restartを引き起こすに足る脅威になるってことか?でもなぁ…あの大将軍も長くねぇだろうから、その息子ってことになるのか…と思うと、あの息子は頼りねぇからな…。ちくしょう、まったく誰が脅威になりうるのかわからねぇ…」

貴宗は頭をかきながら必死に脅威になりそうな人物を挙げてくれた。刻一刻と情勢がかわる独特なこの世界、決め手がつかないのは当然だった。

「貴宗…こんな話をするのはお前が初めてだ。お前が苦しんでいる香久矢の血…それに似たRestartの宿命…。お前と俺はなにか運命的なものを感じる。そして、お前と俺なら、この宿命に打ち勝つことができるんじゃないかって思えてくるんだ。」

「へへ、そりゃ光栄なこった。でも…、今この時、俺はこの日の為にこの世界に生まれてきたんだって実感できたぜ!遼よ!俺たちでこの世界に争いが無いように頑張っていこうじゃないか!!そしたらRestartする必要もねぇからずっとこの世界が続いていくってことだろ?」

「ああ!お前となら、絶対できると思う!」

「あ、あとよ遼。」

「なんだ?」

Restartしなくても良くなるぐらい世界が平和になったら…最後に俺と戦ってくれや。刀疵の遼と一戦交えられなかったら、俺がRestartしてやり直してぇや」

俺たちは大声で笑いあった。

11

翌日、飯を食っていると空見家の仲間に声をかけられた

「へい、遼。お前昨日妙なやつと酒飲んでいたよな?」

「ああ、あいつか。あいつは陽子姫の護衛した香久矢貴宗っていうやつだ。面白いやつだったよ」

「いや、陽子姫の護衛ってのは知ってるんだけどな…ちょっとな」

「なんだよ、引っかかるじゃないか」

「遼、あいつの通り名を知ってるか?」

「通り名なんて気にしたこともないね。あんなのは外野が勝手に騒ぎ立ててるだけのことさ」

「”返り咲きの香久矢”って言われてるんだ」

「かえり…ざき?」

香久矢家は重要人物の護衛を生業としているってのは知っているよな?代々香久矢家はその功績を認められ世間から褒め称えられていた。しかしそれも世が平穏ならばの話。この乱れた世においては、香久矢家の宿命も人から見れば悪行に見えてしまう。重要人物を護衛したことで、自分の
生活が苦しくなってしまう…そんな風に感じる者が多くなれば、香久矢の名前に嫌気がさす奴らも出てくるだろう。」

俺は貴宗が悩んでいた事を思い出した。あいつは「自分たちがいることで争いが行われているんじゃないか?」と不安がっていた。この話も、そういう貴宗のような思いを持つ者が作り出したのだろう。

「それでだ、香久矢家はこの乱世に乗じて中央に返り咲こうと画策しているらしい。」

「らしい…って、」

「まぁ聞いてくれ。今、香久矢家は桜芽家に仕えているが、もともとは別の武将に仕えていたんだ。その武将、誰だと思う?」

俺は最近、この乱世から消え去った武将の名前を思い出した。

「そう…。軽部家だ。香久矢家はもともと軽部家に仕えていたんだ。」

軽部家と言えば平和的で争いも最小限…民の雰囲気もよかった。乱世とは程遠い場所にある理想の国に思えたものだ。各国の好戦的な武将も、太平を目指すなら軽部家のように…と挙げていた。

しかしそのすべてを消し去るように事件は起きた。目を背けたくなる程に…。

一夜のことだった。なんでもない夜。いきなり城は炎にまみれ民は全滅。田畑や家も焼き払われ殆どの人間がこの世から姿を消した。あっという間の崩壊だった。

その時、軽部家に攻め込んだ武将はいない。いや、攻め込まれる理由が無いのだ。それほど軽部家は争いから遠い存在にいたのだ。

「じゃあなにか?軽部家に仕えていた香久矢家の謀反があの事件を巻き起こした…ってそういうことか?」

「軽部家のほとんどが焼き払われた。民も逃げ切られた者は少ない。その中で、どうして香久矢家だけたくさん生き残ることができたと思う?もう答えは出ているじゃないか。」

「確証の無い事を言うな!」

俺は声を荒げた。あの凄惨な事件の影に香久矢家が関わっていたなんて…ましてやその中に貴宗がいたなんて…信じられる話では無かった

「よ…よせよ。だけどな遼、その確証の無いことを先回って突破するのがこの世の定めだろ?現にお館様はこのことをひどく気にしている。まさかあの事件と香久矢家がつながっているとは、思っても見なかったからな」

「お館様が…?そんな噂かどうかわからない話に惑わされていると?」

「オイオイ、あまりなことを言うなよ。お館様だって俺たちの為を思っていることなんだ。だったら俺たちも、お館様の為なら命をかける。それが武士の定めだろ?」

また武士道か…。俺はこの武士道とやらの話を聞くと少し興ざめする。

「とにかく、香久矢家には近づかないほうがいいぞ。近々、お館様からこのことに関しての話もあるって噂だ。もしかすると…桜芽家との同盟も解消されるかもしれねぇな…」

そういうと仲間は去っていった。俺は、ただただ貴宗の事が気になってしかたが無かった。

12

翌日、お館様から招集命令が下った。こういうときはだいたい決まって戦の知らせだ。ここの所戦が無かったものだから不意を突かれた気分だった。

よくよく考えてみたのだがあてが無い。だいたい決められた戦というのは国同士が臨戦態勢になっているものだ。あくまでお館様の号令は開戦のきっかけにすぎず、「数日で戦が始まるだろう」という噂は簡単に広まっていくのである。

「一体、どこと戦をするつもりなのかな?」

春彦が不思議な表情をしながら俺に問いかけた

「いや、俺も考えてみたのだが…全くもって検討がつかない。先日の貴宗の奇襲も大した軍勢じゃなかったみたいだし、あれで戦を始めようとするのも納得がいかない。」

「だよなぁ…とにかく、お館様のお話を聞くことにしよう」

広間に集まった城内の武将たち。それぞれが緊張の表情を浮かべて…はいるものの、心の芯まで戦慄を感じている様子は無かった。どの武将も今回の招集にあてが無かったのだ。

もし戦の話なら、各々が情報を仕入れていくつかの作戦を計画しているだろう。緊張という生易しい言葉でその空気感は表現できないだろう。だからどの武将も心の中では余裕の気持ちになっていたのだ。

ガラッとふすまの開く音がした。いつもの音だ。静かに、しかしどっしりとしたお館様が中央に歩きだす。中央に座ると開口一番信じられない言葉を放った

「香久矢家を…皆殺しにしろ」

13

武将たちは言葉すら発しなかったが、今までで一番の戦慄を感じていた。同盟国に仕える一族を皆殺しにしろ…その意味が示すものは…。お館様の思考をどのように読み取っても答えは出なかった。

基本的に、お館様の言葉は絶対だ。しかし空見曜平は違った。しっかりと意見を交わしいつも最良の道をみんなで作ってきた。

「お館様…!香久矢家を皆殺し…というのは?」

「同盟国の武将たちに手を出せば、空見家の面目は地に落ちますぞ!!」

「お館様…!お館様!!」

「直(ちょく)である!!」

その言葉に、すべてが静まり返った。

直とは絶対の命令を意味する。お館様が考えた命令では無い。お館様より、はるか彼方の上の人物が命令を下しているのだ。直を受けた者は…本当に忠実に命を守らなければならない。そして例外は無い。

「直…って…。どうして…」

「馬鹿…!!いうな!直は絶対の命令なんだぞ!」

「でも、今までこんな惨たらしい直は…!!」

武将同士が混乱している。俺に”返り咲きの貴宗”の話をした武将も、驚きを隠せていない。まさか皆殺しにするなんて考えても無かったのだろう。

「決行は明晩。香久矢家の抹殺が第一優先。抹殺を邪魔するものも殺せ。以上」

そういうとお館様は広間を後にした。

「…どうするんだよ…」

俺たちは、しばらく動けなかった。

14

「おい!お前が言っていたお館様の話ってのは、このことだったのか!!」

俺は返り咲きの貴宗の話をしたやつに食って掛かった。

「どうしたんだよ遼ちゃん!!離してやれろ!!苦しんでるだろ!?」

春彦が俺の手を掴み力づくで離した

「ゲホ…ゲホ…、ち…違う!違う!話を聞いてくれ。俺が知っている話を話す!確かにお館様は桜芽家に仕える香久矢家に注意していた。理由はやはり軽部家のことだ。もし軽部家のことが本当なら実際桜芽家だっていつかはやられてしまうだろう。だからお館様は間者を使って香久矢家の事を調べようとしていたんだ。」

「なるほど…もし軽部家の事件が本当なら桜芽家に忠告ができる。対策もできるだろう。もし偽りならそれはそれで問題ない…そんな真実は無かったということだからな。」

「だったら…今回の直は…お館様も想像できないぐらいの内容だった…ということか…」

「そう…だから俺もびっくりしているんだ。まさか返り咲きの貴宗の話をした後に皆殺し…だからな…。でも…直なら…やるしかねぇよな…」

「直なら…」

「直…」

俺たち三人は直の重みを実感していた。いや正確には俺はRestartしてこの世界に来た住人だ。直なんてどうでも良い。だからこの直を忠実に守ることは無い。

しかし今回は違う。この問題を無視はできない。なぜなら香久矢家には貴宗がいるのだ。やつがこの乱世からいなくなることは耐えられない。

直を全うするなら…貴宗も殺すしか無い…。逆に俺が直を無視したとしても他の武将は必ず直を遂行するだろう

「遼ちゃん…こんな酷い直は初めてだよ。いつもならどうしようもない悪党とか山賊とか…人々の平和を脅かす奴らを排除することはしてきた。でも香久矢家は何もしていない…。してたという確証が無い!」

「おいおい、だからってやらねぇって選択はねぇだろ!?もしやらなかったら今度は俺たちが直の対象になっちまう!!直は…天下泰平に必要な命令なんだ!」

いくら議論を繰り返そうが、俺達の答えは決まっていた。

明日の晩、香久矢家を、皆殺しにする…

それだけだった。

15

桜芽家の城下に潜入することは容易かった。いや、潜入では無い。普通に正面から城下に入れたのだ。同盟国だから、門番はなんの疑いも無い。

城内本丸に入ろうとすればそれなりの手続きが必要となるが、今回の任務は香久矢家の抹殺。城内に入りさえすれば良い。

そして夜を待ち、香久矢家に潜入。家の住人を端から端まで叩き斬れば任務は完了だ。

調べによると香久矢家の人数は5人。使用人の数は8人と多いがまとまって寝泊まりしているので香久矢家それぞれの寝床を狙えばよかった。

今回潜入したのは俺を含め4人。いずれも腕の立つ武将だ。俺は参加したくなかったが…こういう時肩書というのは不便で仕方ない。

俺は最後の最後まで香久矢家を皆殺しにしない方法を考えた。しかし考えれば考えるほど無理だという答えしか出なかった。そして振り絞った最良の答えは…

せめて貴宗がこの屋敷を留守にしていること…そんな自分勝手な作戦だった。

「調査隊の調べによると、この中にいる香久矢家は全員で5人。使用人は6人との事だ。使用人の数は減っていはいるが香久矢家は変わらず。それなら問題は無い」

「1人は見張り役としてあたりを見回しいておいてくれ。俺と立松、そして遼の3人で5人をやる。顔は覚えているな」

「間違いなく」

その5人の中に、間違いなく貴宗がいた。

「よし。できるだけ静かに事を進めるんだ。俺と立松は正面から。遼は裏口からだ。お前なら1人で十分だろう。突入にはこの夜鳥の笛を2回ならす。その音が聞こえたら始めてくれ。俺たちが2人殺した所で笛を3回ならす。それで残りの香久矢家を知りあえるだろう」

「分かった」

意は決した。貴宗とは、こんな乱世で会いたく無かった。

16
鳥が鳴った。俺は香久矢家に侵入した。

何も起こらない黒の世界。まるで香久矢の家全体が死んでいるような、漆黒の闇が俺の前に広がっていた。

静かに…1人ずつ香久矢家を殺さなければならない。ふすまを開ける無音が、開戦の合図だ。

いた。

人別帖に描かれた顔だ。貴宗の顔じゃなかった。

「御免」

寝苦しい夜が訪れたかのように、香久矢家は1つ2つ音を上げると、再び眠りについた。

ドクン…ッ

急に俺は我に還った。

あろうことか、俺は殺す相手が貴宗じゃなくて安心したのだ。殺したい香久矢家と殺したくない香久矢家が俺の中に混在している…。なんと鬼畜な考え方だろうか!?

しかしもはや狂ってていい。この世界は狂ってなきゃ生きられない。

17

俺は今まで、Restartする最後の最後まで希望を絶やさなかった。世界が滅ばないよう沢山の仲間たちと共に戦ってきた。しかし希望が絶望に変わった瞬間…そして二度と希望に戻らないと思った瞬間…俺はRestartして世界を救いながら滅ぼしてきた。

希望に満ち溢れている時は、まさに生の喜びだった。もしかするとRestartしなくて済むかもしれない…俺の苦しみはこれで終わるかもしれない…!!という希望が俺を後押ししたのだ。だが、この世界ではその希望を持つことすらできないらしい。

貴宗が希望だった。貴宗と共にこの世界を変えていくことができたなら…Restartを使わずに済んだかもしれない…。しかし、この世界の武士道というイズムがそれを邪魔した。

俺は生まれてくる世界を…違えたのだ。

18

二人目が済んだ時、ちょうど鳥が鳴った。あと一人…。貴宗はもうやられたのだろうか…。

屋敷の中腹、俺は立松らと出会った。

「こっちは二人。お前は」

「俺も二人だ。」

「くそ…!!なら一人逃した!もう部屋は残っていない。遼…見てない部屋は無いよな?」

「当然だ。すべて見た。だがこの暗さだ…どこかに隠れられるともう探し当てられんぞ。」

「…。長居は無用だ。情報の五人には至らなかったがその大半は殺した。戻る際に逃した香久矢家がいないかだけ確認していこう。さ、戻るぞ」

俺たちは香久矢家を後にした。

俺は胸がざわめいていた。もしかすると…貴宗は逃げおおせたのかもしれない…。

19

城に戻り任務の報告を行うと、空見曜平は血相を変えて「逃げた香久矢家を探し出せ」と命じた。

“直”を確実にこなさなければならないと同時に、香久矢家を根絶やしにしなければその子孫から復讐されることを曜平は恐れていたのだ。

人別帖から確認すると誰が逃げたのかが分かった。逃げたのは…やはり貴宗だった。

俺は感じていた。貴宗を探しに行く必要は無い。きっと向こうから現れるだろう。今日の仇を成す為に。

俺は城の外に出て、貴宗と最初に出会った場所に向かった。

20

夜はすっかりと明け、見えるか見えないかぐらいの朝日があたりを照らし始めた頃、俺は肌寒さを感じた。

正直にいうと、もうどうすれば分からなかった。このまま貴宗に切られるのも良い気がしていた。

まるで薄っぺらい希望になるが、先刻の状態に戻すためにRestartにかけても良かった。一方で、Restartに逃げる…という考えもあった。

「こんな自暴自棄なRestartは始めてだな…」

俺は今までの世界で使ってきたRestartを思い出しながらポツリと言った。

思えば…一番最初にRestartを行った後から…苦悩の連続だった。エスターニアやレイアさんが死んだこと、故郷ディティーモを守れなかったこと、そしてケインを見捨ててしまったこと…もう、6回も世界を救おうとしたのだ。そろそろ頃合いでは無いか…?

最後、貴宗と二つ三つほど話した後、貴宗に切られてこのRestartの宿命の幕を閉じよう。俺にRestartをする資格は…もはや無い。

風が吹いた。暖かい爽やかな風だった。

「貴宗…」

21

「よう、遼!なかなかうまくやったじゃないか。」

俺はまったくこいつは何言っているんだ?という気持ちになった。香久矢家を惨殺したことはもはや貴宗にも分かっているだろう。なにがうまくやったのだろうか?

「貴宗…俺…おれたちは…」

「やぁやぁ、それはなしだ。おめぇが今までどんな世界にいたのか俺には分からねぇが、この世界ではそれはしょうがないことなんだ。」

俺には、貴宗の言うことがいまいち分からなかった。俺たちの卑劣な行為が”しょうがないこと”?

「少し、話そうか」

そう言うと貴宗はその場に座り込んだ。切られることはあっても、座って話をすることは無いと思っていた。俺は、少し遅れて座った。

「俺もそろそろかな…って思ってたんだ。」

さっきまで明るい表情だった貴宗は、ゆっくりと憂いだ顔になっていった。

「軽部家の話は…知ってるんだろ?」

「ああ…だがそんなひどいことをするようなお前らじゃないと思っている。単なる噂なんだろ」

「まぁ…そうなんだが…結果的には俺たちが引き起こしたような悲劇なんだな。あの事件は」

「まさか…本当の話…?」

「いやよせよ。火をつけたとか謀反を働いたとかそういうんじゃないんだ。あれは俺たち香久矢家を滅ぼそうとした結果なんだよ。」

「つまり…今回の俺達のような…?」

「まぁそういうことになるな。今となってはあの悲劇を起こしたのが誰だったかなんて、知るすべなんて無いだろうな。だから俺達がやった…みたいな噂が広がっていくんだ。」

「な…なんと…。では今回の直はそんな噂かどうかわからない話で進められた…ってことか!?なんと愚かしい…!!」

「そんな筋書きならまだ幸せさ。天下泰平の為に行うまっとうな理由さ。でも俺はそうは思わない。天下泰平は大義名分。俺は最初から香久矢家を抹殺しようと画策していたんだと思うよ。そう、軽部家のときから。いや、俺のじいさまの代から、もっと前からずっと…ずっと!」

貴宗の語気が激しくなった。今の言葉は、香久矢家の宿命を表すに十分すぎた。

「やはり俺達がいると…世は乱れる宿命…ってこともな。」

しばらく時間が流れた。朝日はまだ昇りきらない。このまま時が止まっているのでは無いか…という感覚になった。

「貴宗…どうして戻ってきたんだ。」

俺はてっきり貴宗が復讐の為に戻ってきたと思っていた。このような話をするために戻ってくるのであれば、いっそ身を隠して生き延びたほうが良いのでは無いか…?

「いやぁ、やりたいことがちょいっとあってな。」

いつもの貴宗の表情に戻った。

「実は、俺には子がいてな。あのまま香久矢家の屋敷にいりゃあ絶対に命は無かっただろう?だから完全に安全なところに身を移しにいっていたんだよ。一日早かったら危なかった危なかった。」

貴宗は笑った。まったくこいつのこういうところが不思議だった。なんとも憎めない。

「香久矢家は俺の代で終わりだ。俺の子供はもう香久矢を名乗る必要は無い。自分の好きな人生を歩むがいいさ。こんな乱世に巻き込まれないよう、立派に育ってくれさえすれば、俺がこの世に生まれたって意味もあるだろう。香久矢家ではなく、貴宗しかできないことを成し遂げたかったんだ。」

「そうか…きっと立派に育つさ。貴宗の子だ。」

「遼にそう言ってもらえると安心だ。心残りは、二度と俺のやつが奏でる箏の音が聴けぬ…ということだけだな。」

「いい、女なんだな」

「そうなんだ。でももう今回のことやこれからのことは全部話してある。あいつは俺と違ってしっかりとした女だ。きっと息子を立派に育ててくれるだろう。」

俺は、楽しそうに話す貴宗の先刻の言葉が気になった。二度と箏の音が聴けない…二度ととはどういうことだろうか。その言葉を気にすると、今までの貴宗の話に貴宗自身が入っていないことに気がついた。それはまるで…この世に貴宗という存在が無いかのような口ぶりだった。

「まぁ、これが一つ目のやりたいこと。残りの一つは…」

貴宗が戦いの顔になった。

「やっぱ、お前をと殺り合いてぇってことなんだな」

22

「まて…確かにお館様にはお前を見つけて殺してこいと言われた。だが俺はそんな気は毛頭ない。第一、お前には子がいるんだろう?

「だからだ。俺がいちゃ香久矢家は生き続けちまう。あいつには、もう香久矢の血は必要ねぇんだ!」

「しかし…」

「勘違いするなよ、遼。お前は間違いなく俺の仲間をやったんだろう?もう志を共にする仲間じゃねぇってことだよ。」

貴宗は死に場所を探している。俺には分かった。武士道とやらを貫こうとしているのだ。

「いいか、俺はお前に斬りかかる。よけなきゃな。反撃しなきゃあな!」

言い終わると同時に貴宗の剣が動いた。高速の刃は正確に俺の首元を突いてきた。

「!?」

正直に言えば貴宗を舐めていた。貴宗は射手だ。近接戦闘は良くて人並み…そう思い込んでいたのだが…今の太刀筋をみればそれが大間違いだと分かる。

しかし…だからといって俺にとっては…

「さすがは”刀疵の遼”だ!簡単に避けてくれる!!」

追撃が来た。これも素晴らしい太刀さばき。空見家でこれを躱せるやつは…俺を除いていないだろう。

それ以上貴宗は何も言わなかった。休むことなく、勢いが落ちることなく、俺を斬り続けていた。

だが、二つ三つの太刀筋を見れば、もう躱し続けることは容易だ。貴宗の刃は、もう俺を貫くことも斬り倒すこともできないだろう。

「ハァ…ハァ…」

貴宗の手が止まった。俺にやつを止める手立ては…やつの体力の消耗しか無かった。

「ふざけるな遼!!お前のRestartにかける思いはその程度だったのか!?」

俺はこの戦いで初めて鋭い刃を刺された。

23

「なぜ俺を斬らない!?お前の実力なら、俺を斬ることは容易いはずだ!!お前も命令を受けているんだろ?ならなぜ…斬らない!!」

「俺には…お前を斬る理由が…無い」

「ならここでRestartするか!?もしかして…お前はすでにRestartさえすれば済むと思っているんじゃないのか!?それでよく俺に未来の話ができたものだ!!」

「この世界は…俺の肌に合わない…」

「いや違うね!!お前はRestartから逃げているんだ!!お前はいざとなればRestartすればいいと思っているんだ!違うか?」

「そんなことは…無い!お前に何が分かる!!前も、その前も、その前の前も…!俺は必死に…最後まで抗った!!この悪夢のような運命に立ち向かった!!しかし…強大な脅威に打ち勝つ…術が…俺にはわからんのだ。」

「だから、今、この世界を捨てるってことかよ?お前のお館様は?春彦は?仲間はどうする?お前の勝手なRestartで巻き込まれる奴らの身にもなってみろ!!今、俺は脅威か?違うだろ!?俺はもう…こうするしか無いんだ!!この忌まわしい香久矢の血筋をここで断ち切らなければ…世は乱れ続ける!!」

「それこそ生きてみないとわからんじゃないか!」

「……。そうだ。でも…、もう俺には仲間が…。そして…もう何回目だ…?こんな冷めきった目で香久矢が見られるのは…。俺はもう…終わりにしたい…」

「だが…生きてみて分かる事があるかも…」

「俺はお前に生き残ってほしいんだ!!こんな直の失敗とかなんかでお前が死ぬなんておかしなことがあるか!!お前こそが…!Restartができるお前こそが!この乱世を救える救世主だと思うから!!俺はいい!お前だ!この世界には、遼が必要なんだ!!!」

グサリ…

確かにその音は聞こえた。貴宗の言葉が俺の体に疵をつけた。

刀疵の遼…それは前からしか攻撃を受けないという覚悟を表す肩書だった。しかし…俺は本当に受けなければならない疵は…すべて背中で受けていたのだ。

この世界にはびこる武士道やら文化を言い訳に俺は全てから逃げていた。俺の強さもRestartがあるからこそのものだ。Restartできなければただの雑魚。俺が持っているものは…何一つ無い。ただただ、背中の疵の痛みに耐え、何かを待っていただけなのだ。貴宗という…何かを変えてくれそうなきっかけを…。

今初めて、俺は覚悟を決めた。

この世界の習わしだとか…武士道とか…そんなことはどうでもいい。俺は…貴宗の強さと共に、この乱世を生きる。最後まで…Restartを使わずに、この世界を救えるような強い生き方を!

「貴宗…済まなかった。」

「いいんだ。遼。最後の最後まで、諦めるな。お前を苦しめる強大な脅威、この乱世にはごまんといる。だがそいつらも人間だ。俺だって、お前だって…その脅威になろうと思えばなれるんだ。Restartに値する驚異に出会いたくなければ、お前がその脅威になればいいだけの話だ。」

貴宗の顔が、俺がいつもよく知る顔に戻った。こいつは…よくこんなときでも爽やかな顔ができるものだ…。

「分かった。俺はRestartを使わない。最後の最後まで…、お前と共にこの未来を素晴らしきものにしていくと…約束しよう」

「よし。ああっと…最後に…ほんと最後に良いか?」

「なんだまだあるのか?」

「俺…多分弓ならお前に勝ってたかもな」

俺達は、この世界で一番大きな声で笑った。

24 Restart

「ああ…まぁた年貢が…」

農民の悲痛な叫びが寒空に響き渡った。

「ここしばらく戦は無かったのに…一体将軍様は何をしているんだぁ?」

「そりゃ将軍が変われば政だって変わらぁ。」

「そりゃそうだけど…こう何回も何回も変わられちゃあ…なぁ…」

「たしかにオラたちの事なんで、なぁんにも考えてねぇんだろうな。でもよ、俺のお父がよく言ってた。「オシマイダ…オシマイダ…って言ってても、きっとはじまりがある!」って。なにも全部が悪いことばかりの世の中じゃねぇさ」

「確かにそうだ。将軍様よりもっと上の…そう仏さまみてぇなお人が…きっとこの世界を見てくれてるにちげぇねぇ。」

「そうだそうだ。この厳しい時代も、毎回続くってわけじゃねぇ。少しだけでも暮らしが楽になったときもあった。あの時は、ちょっとばかし余裕があったな。城下があんなに楽しい場所だとは思わなかった。生きてりゃあんな良い思いもできるってもんだ」

「そうだそうだ。俺達だって生きている。希望を持ってさえりゃ、きっと良いことだってあるよな。」

「ああ、そうだ。ほれ…お天道様も導いてくださっているようだ。さぁ、仕事始めんべ」

太陽から漏れ出す、真っ白な光が、彼らの希望を包み込んでいた。

The End

宣伝

Restartシリーズは、全部で四部作あります。次の「Restart The End」がRestartシリーズ最後の小説です。完成をお楽しみに

広告

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA